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中村桂子さん寄稿文

2023年4月18日

船の劇場を中心に紡がれる物語

 横浜といえば港町、外から新しい文化・文明が入る場であり、外へと日本を発信する場でもあります。歴史と未来が交叉し、新しい何かを生み出すところです。そんな山下ふ頭にあったらイイナと思うものはたくさんあります。

 

 その一つとして「船の劇場」をあげたいと思います。この文字からすぐに、横浜らしい、山下ふ頭らしい光景を思い浮かべて下さる方は少なくないと思うのですが。

 

 実は、ここにすでに「船の劇場」があるのです。1981年、異才の演出家遠藤琢郎率いる演劇集団、その名も「横浜ボートシアター」が、中村川にあるはしけで活動を始め、その後鉄製の船に変えて今も精力的な活動を続けています。「小栗判官・照手姫」、「マハーバーラタ」、「賢治讃え」など、日本の伝統を踏まえ、世界に目を向けての独自の活動を40年間続けてきました。高く評価されている活動です。

 

 これまでは、たまたまそこに船があるという位置づけだったことは否めません。それはボートシアターにとっても山下ふ頭にとっても残念なことです。このプロジェクトについての話し合いの中で、多くの方から出てきたキーワードが、「横浜の港町らしさ」と「歴史を生かす」でした。今山下ふ頭にそのような新しい場を作り出そうとするなら、「船の劇場」はその核に、しかもとても魅力的な核の一つになるに違いありません。

 

 今、私たちに必要なのはその土地が持つ様々な要素をつなぎ合わせて一つの物語を作ることです。物語は、時間的には過去、現在、未来をつなぐものであり、空間的にはそこにあるさまざまな地域や人をつなぐものです。物語の中ではつながれた要素が輝き始めるのです。劇場は物語を紡ぐ場です。しかも船は、遠い国へ行く手段であり、物語の世界を広げる力を持っています。子どもたちが「船の劇場」に入ったら、そこは異国への入り口です。そこで演劇などさまざまな舞台芸術に触れ、日常とは異なる夢の時間を楽しんだ子どもは、きっと自分で新しい物語を紡ぎだす人になるでしょう。想像が創造につながっていく若い人達が集う山下ふ頭が思い描かれます。

 

 山下ふ頭の一角にある「船の劇場」は、多くの人の夢を現実につなげる可能性の塊と言えます。

 

中村 桂子

1936年東京都生まれ。生命誌研究者。東大理学部化学科卒。同大学院生物化学修了。三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。

恩師江上不二夫の設立した「生命科学研究所」で人間社会との接点を測りながら遺伝子研究に携わる。生物の歴史と関係を含めた全体を知る総合知である「生命誌」を構想し、1993年生命誌研究館を創設。JT生命誌研究館副館長(1993~2002)、館長(2002~2020)を務め、現在名誉館長。

「人間は生きもの」という生命誌の考えを基本に置く社会づくりを目指し、土木、農業、教育など様々な分野の人との共同で活動し、これを子どもや孫に伝えていくことを大切にしている。

『中村桂子コレクションいのち愛づる生命誌』シリーズ、「科学者が人間であること」「ふつうのおんなの子の力」、「老いを愛づる」、「科学はこのままでいいのかな 進歩?いえ進化でしょ」など多数の著書がある。